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久遠の秘録 第三章『憎悪と怨嗟の果てにあるもの』(2)

 久遠の秘録 第三章『憎悪と怨嗟の果てにあるもの』(2)を更新。
 第三章は(3)まで続きます。ちなみに(3)の更新は今週の木曜日になります。

 リリマジ7に行ってきました。
 のうちらす工房の「のうちらすさん」とお話できて嬉しかったです。
 月荊紅蓮はマジで最高だぜ。みんなも買ったほうがいいと思うよ。
 640の小部屋の「640さん」にもご挨拶しました。
 新刊は帰りの飛行機の中で読破しました。「the day」は名作でした。感動したよ。
 魔法新撰組の「香月☆一さん」にも声をかけてみました。
 人好きのしそうな笑顔が素敵な御方でございました。
 まあ向こうはイヒダリのことなんて知らないので普通に接客されてしまいましたが。
 てなわけで結論。
 やっぱオンリーイベントは楽しいですね。
 ただ心残りもあります。
 時空管理局ポータルの「涼香さん」にご挨拶できなかったことと、PLUMさんのスペースに行くのを忘れたことですかね。これはけっこう手痛い過失でした。う~ん……無念。

 しかし東京は暑かったな。夜中に半袖で出歩けるってどんだけ……
 対照的に北海道は寒いな。夜中になると長袖でも出歩けないってどんだけ……
 


 ――弥太(やた)と一緒にいたい。愛する彼と共に生きたい。
 そんな些細な願いさえ、望みさえ叶わない世界なら……
 いっそ、この手で滅ぼしてしまえばいい。
 ――そうだ。
 神がいるなら感謝しよう。この天啓のごとき解脱(げだつ)に。
 悪魔がいるなら礼を言おう。この決して這いあがれない堕落に。
 ――復讐してやる。
 その対象は、視野に入った有象無象のありとあらゆるもの。
 人を愛した(あやかし)は死んだ。なにをか恐れん。そして我が身は悪鬼羅刹。なにをか恐れん。
 いま確信した。この心身を蝕む(ただ)れた狂気こそが、おのれが求め欲した祝福なのだと。
 血に飢えた獣であれば迷わない。満たされない飢えに憑かれた獣であれば苦しまない。
 なにも望まず、なにも願わず、ただ目の前の生物を殺戮することに快楽を見いだせる。
 殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して……
 この世に屍山血河(しざんけつが)を積みあげていく。ただ累々と、ひたすらに累々と。
 昔年の怨みを薪にして燃える憎悪の炎で、この世のすべてを灰燼(かいじん)に帰すその日まで。


 死んだ、と思った。しかし夏目は生きていた。雷に打たれた衝撃も痕跡も実感もなく。
 夏目は片膝立ちになると、呆然としたまま顔を仰向けた。目の前には神咲薫の後ろ姿。
 ほとばしる雷光が夏目に直撃する寸前、あいだに入った薫が刀で稲妻を両断したのだ。
 だから夏目は助かったのである。人間性を垣間見せない冷酷な相手の助力のおかげで。

「おい夏目、大丈夫か?」

 遅れてやってきたニャンコ先生が声をかけてくる。滅多に聞かれない心配そうな口調。
 夏目は掠れた声で「ああ……」と生返事をかえす。こわばった表情は間抜けにみえる。
 生と死の狭間を身近に体験したせいだろう。滑らかに物事を考えられない状態だった。
 それでもこのまま呆けているわけにはいかない。窮地は現在進行形で続いているから。
 夏目は激しくかぶりを振って意識を覚醒させた。ついで薫の背中に向けて礼をかえす。

「あの、神咲さん。助けてくれてありがとうございます」
「礼などいらない。十六夜が勝手に動いただけだ。……それよりも、あれを見てみろ」

 すげなく応じた薫は、前方を綺麗な顎でしゃくる。心なしか余裕がなさそうに見えた。
 薫のひともなげな対応には慣れていたので、夏目は不満もなく自然に正面を窺い見る。
 ――そして絶句した。ありとあらゆる思考が(さら)われて跡形もなく漂白されるほどに。

「祟り狐の封印が解かれた。これで考えうるかぎりにおいて最悪の状況になったわけだ」

 薫が美貌をゆがめて苦々しく呟いた。しかし後ろにいる夏目は一文字も聞いていない。
 久遠は子狐の姿をしていなかった。巫女装束をまとう大人の女性に変貌していたのだ。
 吹けば飛びそうな華奢な体躯に、象牙細工を思わせる白い肌。身長は夏目よりも大きく、頭の高い位置で束ねた金色の髪を純白のリボンで結んでいる。その髪の長さは、リボンをほどけば滝のごとく地面に流れ落ちるほど。まっすぐで癖のない綺麗な髪繊維だった。
 一見して普通の人間にしか見えない。だが人間にはありえない器官――狐の耳と五本の尻尾が生えていた。どうやら人の姿に変わっても、正体を示唆する部位は残るらしい。
 にもかかわらず夏目は、前方に佇む女性を久遠である、と認めることができなかった。

「ニンゲンが……人間が憎い。憎い、憎い、憎いィィィィッ!」

 黄泉の国から響くような唸り。久遠が頭を掻きむしりながら怨嗟を撒き散らしていた。
 放射される憎悪は匙で掬えそうなほど濃厚。禍々しく、瘴気めいていると言っていい。
 これが……これが久遠なのか。あの純真で無邪気だった、あの愛くるしい子狐なのか。

「どうして……どうして久遠はあんなふうに……」
「おそらく『キレた』というやつだろう。どうやら寝た子を起こしてしまったらしい」

 膝をついたまま呆然と独白する夏目に、眉を曇らせた薫が溜息まじりに苦く答えた。
 薫の言い方は冗談とも本気ともつかない。むっとした夏目は、眼前の後ろ姿を睨んだ。

「キレた? ふざけないでください。あれはそんなレベルの怒り方じゃありませんよ!」
「喚くな。誰に予想ができる。たかが感情の昂ぶりだけで、あれの封印が解けるなとど」

 薫が沈んだ声で弁明した。表情こそ変わらないものの、内心では忸怩たる思いらしい。
 だが不安と焦燥で頭が混乱する夏目には、責任回避の言い逃れにしか聞こえなかった。

「開き直らないでください! 神咲さんが脅迫したから、怒った久遠はあんなふうに!」
「開き直ったつもりはない。これでも帰趨(きすう)を見誤ったことには責任を感じているんだ」

 薫は自嘲ぎみに嘆息した。それから右手に提げた十六夜をおもむろに持ちあげていく。

「どのみち、あれはもう手遅れだ。民間人に被害が出るまえにカタをつけるしかない」

 決然と言った薫は、左手の鞘を腰のベルトに差し挟み、両手で霊剣の柄を握りしめた。
 刀身を顔の真横で水平に寝かせた構え。(つよ)い矢を引き絞るがごとき突撃の態勢である。
 薫なら、稀代の霊剣を手に執る神咲薫ならば、久遠の暴走を止められるかもしれない。
 しかし――それはとりもなおさず久遠の消滅に直結する。
 悪霊や怨霊の駆逐を生業とする祓い屋が、妖怪に手心を加えるとは思えないからだ。
 もちろんその逆の可能性もありえる。久遠の雷撃に、薫が焼き殺されるという末路だ。
 そもそも今の久遠の状態は、生物としての規格を逸脱している。まるで雷神の化身だ。
 進もうとしても退がろうとしても稲妻の洗礼がほとばしる。いわば巨大な積乱雲の中に閉じこめられたようなもの。しかも雷光は久遠の憎悪と狂気によって随意(ずいい)的に人を襲う。
 夏目は進退窮まったことを理解した。このままでは確実に誰かの命が失われてしまう。
 ふと夏目が、肩に提げたショルダーバックの発熱に気づいたのは、次の瞬間であった。

「――友人帳が反応している? まさか友人帳の中に久遠の名前があるのか!」

 友人帳は久遠の妖力に呼応していた。封印が解けて久遠本来の力が戻ったからだろう。
 それは追いつめられた夏目にとって、神の恩寵(おんちょう)にも似た希望の一筋であった。
 これが最善かどうかはわからない。だが誰ひとり犠牲ならない可能性が出てきたのだ。
 夏目は毅然とした動きで立ちあがった。ヴィヴィオを腕の中に抱えて境内を移動する。
 やがて夏目は鳥居に到着。気絶したままのヴィヴィオを地面に降ろすと、鳥居の柱に少女の背をもたせかけた。これで自分の無謀な賭けに、ヴィヴィオを巻きこむ心配はない。
 ふたたび足を踏みだした夏目は、今度は彼の行動を訝しげに見ていた薫の隣に並んだ。

「神咲さん。おれに久遠と話をさせてください。彼女を説得してみます」
「……正気の沙汰とは思えない提案だな」

 夏目の宣言に、薫が面食らう。あたかも異常者でも見るように夏目の横顔を凝視した。

「無駄なことはよせ。話しかけた瞬間に雷を落とされて黒こげになるだけだ」
「ただ話しかけるだけなら、たしかにそうなるかもしれない。でもおれには方法があります。たったひとつだけ、おれにしかできない唯一の方法が。だから少し時間をください」

 霊剣を構えたまま小揺るぎもしない薫に、夏目は緊迫を孕んだ重々しい口調で訴える。
 薫の顔は氷の彫像めいて無表情だった。もはや怒りも呆れも通りすぎた声で返答する。

「おまえの戯言に付き合っている余裕はない。自殺したいなら余所でやるんだな」
「さっき神咲さんは訊きましたよね? 人と妖、おまえはどっちが大切なのか、と」

 やおら夏目が呟く。しんと静かだが壮烈な響きだった。冷徹な薫を瞠目させるほどに。

「どっちが大切かなんて、おれには区別できません。人も妖も、どっちも大切なんです」
「その気炎と意気ごみは認めてやるが、やはり二つ返事というわけにはいかない。祟り狐は、怒りと憎しみが募って、悪霊になりかけている。そうなる前に葬るのが最善の手だ」

 そう淡白に異を唱えた薫が、夏目にちらと視線を向ける。言葉とは裏腹に神妙な風情。
 どうやら話を聞いてくれるらしい。夏目は眦を決すると、ここぞとばかりに言い募る。

「一度だけで構いません。おれにチャンスをください。久遠を助けるための時間を」
「やはり解せない。なぜ妖のために体を張る? そんな報われるとも思えない徒労に」

 薫の心とて木石ではない。夏目の熱意に感じるものを覚えたらしく傾聴の姿勢になる。
 夏目は右手を、掌に爪痕が残るくらい強く握りしめた。それから果敢に言葉を繋げる。

「損得は関係ありません。久遠は友人です。助けたいと思うのは当たり前でしょう」
「相手は妖だ。人とは根本的に違う生き物だ。友人関係など成立するわけがない」
「おれも昔は同じことを思っていました。妖が苦手だった。他の人には視えない姿も、他の人には聴こえない声も、なにもかもが苦手だった。それは今も変わらない。でも――」

 多くの出逢いが、それに次ぐ別れが。優しい笑顔が、無垢なる心が。ただ真摯に、ひたすら一途に、命懸けで対峙するもの。その胸に迫るものが、夏目の魂を釘付けにした。

「言葉は届きます。たとえ多くの部分が人と異なっていたとしても。その名を呼べば必ず応えてくれる。おれはそう信じています。これまで出逢った妖たちがそうだったように」

 夏目は毅然と言い放った。自分を成長させてくれた友人たちの姿を脳裏に描きながら。
 薫は冷たくあしらおうとはしなかった。ただ怖いくらいに真剣な表情で沈思している。
 重苦しい沈黙が続く。夏目は喚きたい衝動を抑えるのに必死だった。そうすれば緊張も解ける、この事態も終わりを告げる、そんなありえない幻想を否定するために。――と、

「あ、あ……ああああああッ!」

 突然、久遠が絶叫した。同時に降りそそいだ無数の稲妻がコンクリートの参道を抉る。
 さらに蛇めいた軌跡を描いて飛来する稲妻が三条。愕然と立ちすくむ夏目に襲いきた。
 夏目はとっさに顔を腕で庇う。雷の強烈な閃光に目を眩まされて視野が真っ白になる。
 次の瞬間、腕が霞むほどの速度で振るわれた十六夜の刀身が、迫る三条の稲光を野菜のごとく微塵に切り刻んだ。およそ人間業とは思えない神速の太刀筋であった。
 その途方もない絶技を目の当たりにした夏目は息を呑む。すると薫が低い声で呟いた。

「いいだろう。そこまで言うならやってみろ。おまえの覚悟を、うちが見届けてやる」

 薫が肩ごしに背後を見やる。その鋭利な刃物を思わせる眼光が夏目を射抜いてきた。
 気負いはある。緊張もしている。だが恐怖はない。夏目は顔を逸らさず決然と頷いた。


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HN:
イヒダリ彰人
性別:
男性
趣味:
立ち読み、小説を書くこと
自己紹介:

イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。

《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん

《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。

《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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